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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1489号 判決

原告

株式会社百果園

右訴訟代理人

黒須弥三郎

被告

株式会社亀屋本店

右訴訟代理人

中村荘太郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告の申立

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を引渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告の申立

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和二四年七月ころ訴外横張延三の先代横張善之助との間で、同人がその所有する東京都台東区上野六丁目一一〇番地ガード下所在の家屋番号同町一番、木造板葺二階建店舗一階86.80平方米、二階75.47平方米、(以下「旧建物」という)のうち、一階西側の一坪弱を原告に賃貸する旨の契約(床店使用契約)を締結し、同所で果実の販売業を営んで来たところ、昭和四二年三月二一日善之助が死亡したため、進三が相続によつて旧建物の所有権を取得するとともに、その賃貸人の地位を承継した。

2  その後、旧建物が改築されることになつたため、昭和四五年八月二八日原告と進三との間で左記の合意が成立し、そのころ原告は旧建物の賃借部分(床店)を明渡した。

(一) 国鉄高架下使用承認書(乙第七号証)第二七条に基づき、原告と進三が協議のうえ、その趣旨を尊重し将来解決することを条件として、原告を従来の床店使用契約の趣旨に従い改築完了次第入居させる。

(二) 使用料については前項の趣旨に基づき、当事者間の合意で定める。もし合意が成立しない場合、台東簡易裁判所の調停による。

(三) 改築完成予定日は、昭和四五年一一月末日ころであるが、地下の埋設物の状況で工事が遅延することがあつても原告はあらかじめこれを承認する。

3  しかして、旧建物は昭和四五年九月一日取毀わされ、被告が別紙物件目録記載の建物(以下「新建物」という)を昭和四六年一月中ころに建築完成して、その所有権を取得した。

4  ところで、旧建物の所有権者はそれぞれ違つているが、旧建物の賃貸借契約の効力は、新建物の別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という)になお存続しているというべきである。なぜならば、進三は従前から現在に至るまで被告の代表取締役であるし、被告会社はいわゆる同族会社であるから、原告と進三との間の賃貸借契約および前記合意の効力は、被告に対しても及ぶか、もしくは被告がこれを承継したと解せられるし、本件建物部分は、旧建物の賃借部分(床店)とほぼ一致するので、その間に同一性が認められるからである。

5  よつて原告は被告に対し、賃貸借契約の義務の履行として、本件建物部分の引渡を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1ないし3は認める。但し、新建物の完成したのは、昭和四六年一二月八日である。

2  同4は否認する。

旧建物は取毀わされているから、その滅失によつて旧建物に関する賃貸借契約は消滅しているし、新建物の所有者は、進三ではなく、被告であるから、原告と進三との間の賃貸借契約や前記合意の効力などが被告に及ぶことはないし、そもそも新建物には旧建物にあつたような床店は存在せず、全部被告の店舗として一体をなしているうえ、原告が新建物のいずれの部分を使用するのか何ら定められていないから、原告の主張は失当である。〈以下略〉

理由

一原告が進三の先代善之助からその所有する旧建物のうち一階西側一坪弱(床店)を賃借し、同所で果実の販売をして来たところ、善之助が昭和四二年三月二一日死亡したため、進三が相続によつて旧建物の所有権を取得し、かつ、その賃貸人たる地位を承継したこと、その後、旧建物を改築するにあたり、昭和四五年八月二八日進三と原告との間で、改築完了次第原告を入居させることを骨子とする請求の原因2記載の合意が成立し、その頃原告が床店を明渡し、そして昭和四五年九月一日に旧建物が取毀されたこと、および被告がその跡に新建物を建築しこれを所有するに至つたことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によると、新建物の完成したのは、昭和四六年五月二三日であつて、その保存登記が被告の名で同年一二月八日に経由されたことが認められる。

二1ところで、建物賃貸人が従来の建物を改築するにあたつて、その賃貸人との間で改築後の新らしい建物に賃借人を人居させる旨の合意をしたうえで(なお、一般的にいえば、改築のため賃借人が一時建物を明渡した場合、なにも当事者間に右のような明確な合意をしなくとも、賃貸借契約の合意解除をしたというような特別の事情がない以上、改築後入居させる趣旨のもとに建物を明渡したものと推定されよう)、従前の建物を取毀したときは、その取毀しによつて賃借人に対し建物を使用収益させる賃貸人の義務が履行不能となるものではないから、賃貸借契約はそれにより当然には終了するわけではなく、新しい建物が従前の建物と同一性を有するかぎり、賃貸借契約はなお新しい建物にも継続しているというべきであり、ただ右の同一性が失なわれたときに、賃貸人の使用収益させる義務は履行不能で消滅すると解すべきである。

2この理は、本件のように、賃貸借の目的物が建物の一部であつた場合にもあてはまるというべきである。つまり、新しい建物の「特定の場所」が取毀された建物の賃借部分と前後の同一性を有するならば、賃貸人の義務は消滅せず、新たな建物の「特定の場所」を使用収益させる賃貸人の義務がなお存続するといえる(もちろん、当事者間であらかじめ、もしくは改築後に、新しい建物のとの部分を賃貸借の目的とするかが合意された場合は別であつて、この場合建物の同一性の有無はそもそも問題とならないであろう)。そして、右にいう「特定の場所」とは、特別な事情(たとえば、当事者に賃貸場所を特定する選択権ある場合など)がないかぎり、取毀わされた建物の賃借部分の存在した場所に対応した新しい建物の部分と解するのが妥当であろう。

ところが、本件においては、右の特別な事情の存在を認めるに足る証拠は全然ない。

3次に、以上のような場合に、賃貸人でない者が旧建物の跡に新しい建物を建築し所有するに至つたときは、取毀した建物と新しい建物との間に同一性があるならば、賃貸人は賃借人に対して他人の建物を賃貸するという関係になるから、旧建物と新建物の所有者がそれぞれ異なつているという一事によつて、当然には賃貸借契約は終了せず、なお賃貸人は、新しい建物の全部または一部を賃借人に使用収益させねばならない義務を負つているというべきであり、ただ建物所有者の承諾が得られないなどの理由で、結局目的物の使用収益が不可能であるとき、はじめて賃貸人の右の義務の履行が不能となつて消滅すると解される。

ところで、本件においては次のような事実が認められる。

すなわち、〈証拠〉によると、被告は昭和二二年六月二日に食料品の販売等を営業目的として資本金七〇万円で設立された会社であるところ、進三はおそくとも昭和四三年三月二二日の時点ですでにその代表取締役に就任しており、以後現在に至るまでその地位にあつて被告の経営の実施を掌握してきたこと、進三は昭和四四年一〇月ころに旧建物を改築するつもりになつたが、その時には新しい建物を被告の所有する建物として建築する意図をもつていたこと、および、進三は昭和四五年八月に税金対策上、未登記ではあつたが旧建物を被告に譲渡したかたちにしていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうだとすると、以上の事実に前示争いのない事実をあわせて考えるとき、被告としては、被告の所有する新建物のうち原告の主張する本件建物部分が旧建物の床店と同一性を有するかぎり、本件建物部分に対する進三と原告との間の賃貸借契約の、賃貸人たる進三の地位を承継したか、そこまでいえないとしても、進三が賃貸借契約上の義務の履行として原告に対し本件建物部分を使用収益させることを承認していたものと解することができ、少くとも原告に対し本件建物部分を使用収益させる進三の義務の履行を拒否することは到底許されない立場にあるものと解するのが相当である。

4以上のような次第であるから、原告の被告に対する本件建物部分の引渡を求める権利が成り立つかどうかは、結局のところ本件建物部分と旧建物の床店との間に同一性があるかにかかつているといわなければならない。

三そこで以下において、右の同一性の有無を判断する。なお、ここでいう同一性とは、あくまでも法的な意味での同一性をいうのであるから、その有無は、建物の物理的な前後の異同のみで決せられるものではなく、その異同に加えて当事者間の諸般の事情も考慮に入れて、新しい建物に対し従前の建物の賃貸借契約の効力を及ぶすことがはたして妥当かどうかという観点から判断すべきものと考える。

前記当事者間に争いのない事実に〈証拠〉を綜合すると、次のような事実が認められる。

1進三の先代善之助は、鉄道高架下(第二五条町橋高架下第一、二号の六)を戦前から国鉄の使用承認を受けてこれを賃借し、旧建物(木造板葺二階建の店舗)を所有し同高架下を使用してきたが、善之助が昭和四二年三月二二日死亡し、進三が相続によつて同建物の所有権と同高架下の使用権を承継し、その後同年一一月になつてからは被告が直接国鉄から同高架下の使用承認を受けるようになり現在に至つている。そして被告が使用承認を受けた同高架下の敷地面積は、昭和四三年三月二二日付の承認においては七六平方メートルであつたが、これを被告が旧建物の所有者であつた進三に賃貸していた。

2原告は、昭和三一年二月二七日に設立された果実類の販売等を営業目的とする資本金四三二二万六五〇〇円の株式会社であるが、旧建物の一階西側の一坪弱の床店を善之助から、同人の死亡後は進三から、国鉄の承認をうけることなく賃借し、店舗としてのみこれを使用して同所で果実の販売業を営み、この床店以外に、他に一八もの店舗を各所に有し果実の販売等の業務を営んでいる。ところで、右床店は、旧建物の西側、上野一番街通りに面し、同建物の北西角にある鉄道高架の橋脚と、同橋脚から南側へ約2.4メートル寄つたところにある同建物内の同じ橋脚との間にはさまつた所であり、かつ、奥行が約1.3メートルの部分であつた。旧建物の一階は、被告も店舗として使用し、そして原告の賃借していた床店と被告の使用していた店舗との間には、右のふたつの橋脚の外、特に間仕切りなど建物自体の構造上から区別するものはなかつたけれど、右両橋脚の被告の店舗側、したがつて原告の床店の奥の方に、右両橋脚を支えとする巾が二尺ないし二尺五寸程度の、被告が使用していた棚があつて、この棚の床店側の上方に原告が昭和・三二・三年ころベニア板を張りつけた(下万は通りくぐることができた)から、このような棚が原告と被告の各使用部分を区別するはたらきをしていた。そして床店の道路に面した側、つまり床店の人口には、これも原告において従前の戸を取りはずしてシャツターを設置しその鍵を保管していた。

3その後、旧建物の破損がひどくなつたうえ、国鉄と被告との間の昭和四三年三月二二日付前記高架使用承認の際に両者間に、被告が現在第三者に賃貸している地域は、直接本人が使用するか、または実際の使用者に譲渡して、使用名義人と使用者が一致するよう取計らうという合意があり、しかも実際にも国鉄から前記高架下の建物の所有者を被告とするようしばしば勧告されていたところ、進三としては旧建物を将来取毀し被告の所有として新しい建物を建てる心算であつたから、国鉄の右要求をしばらく猶予してもらつていた事情もあつたので、進三は、旧建物を改築することとし、原告に対し床店の明渡を求め交渉した結果、昭和四五年八月二八日右明渡になかなか応じなかつた原告との間に請求の原因2記載の合意ができた。

4新建物は、被告の建築した鉄骨造三階建の店舗兼倉庫で、国鉄から使用承認を得た前記高架下の敷地面積は、昭和四六年一〇月一一日付の使用承認において九二平方メートルに増加した。ところで、旧建物の床店部分に対応する新建物の一階の場所は、おおよそ旧建物の床店部分と類似しているとはいうものの、新建物一階の西側、つまり上野三番街通りに面した側は、旧建物一階の同一側にあつたところよりも約二〇センチメートルの巾で全体として増加し、それだけ旧建物より道路側に拡張されたため、新建物の右増加した巾だけ、奥に入り込んだ場所に該当することとなつた。そして、前記の二つの橋脚はなお現存しているが、その両橋脚を支えとして設けられている前記棚はもはや存在せず、新建物の一階全部が一体となつて被告の店舗を形成し、しかも拡張された二〇センチメートル巾の部分は、昭和四六年一一月二二日になされた原告の被告に対する仮処分執行後も、被告において現に店舗の一部として使用しており、かつ、道路側のシャッターは従来床店入口にあつたシャッターよりも約三〇センチメートル狭くなつており、そして、同シャッターの鍵を被告が保管し管理しているため、右仮処分の執行の結果明渡された一坪弱の部分を、原告が倉庫替りに使用している。

5ところで、国鉄と被告との間の前記高架下の使用契約において、鉄道高架下の使用承認を受けたものが、同所に有する建物を他人に使用させようとするときは、あらかじめ国鉄の承認を受けねばならず、もしこれに違反するときは、国鉄において使用承認を取消すことができる旨の約定があるところ、国鉄は、財産管理上高架下の使用正常化の方針のもとに、高架下の使用承認を受けた者と現実の使用者の一致を図る一方、使用承認を受けた者の所有する高架下の建物の賃貸借についても、借家権の発生するような賃貸借を嫌い、進三に対し昭和四六年五月二六日に最終的に新建物の第三者への賃貸の承認を拒否する旨事実上告げていたので、進三は結局国鉄側の右のような態度からおして、原告の新建物の使用について国鉄の承認が得られないものと考え、以後この点に関し国鉄との交渉を全くなさなかつた。

以上のような事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係をもとに以下考える。原告が本訴で引渡を求めている本件建物部分は、おおよそ旧建物の床店の位置に対応した新建物一階の場所と一致するものの、厳密にいうと、新建物一階西側は、旧建物のそれがあつたところより全体として約二〇センチメートル巾だけ増築されているのだから、右場所は、新建物一階の西側よりも同じ巾だけその内部に入り込んだ部分にあたり、したがつて、原告の主張する本件建物部分は、その巾だけ旧建物の床店の位置と一致していないことが明瞭で、それは、結局旧建物の床店面積(一坪弱)に右増加巾の面積(約0.48平方メートル)を加えた部分を意味するか、または旧建物の床店の位置より約二〇センチメートル西側に移動させた部分を意味するものと推測できる。ところで、確かに一般的にいえは、右程度の面積増または場所的移動は微々たるものであるけれども、当事者間の利害を考えるとき、特に右程度の相違は当然に許容されているとみられる事情があればともかくとして、かかる事情も見当らない本件にあつては、これを無視もしくは軽視してもよいと断言することにはいささか疑問が残るといわなければならない。そして、進三と原告間の賃借契約におけるその目的物の使用目的は床店、つまり商品を売るだけの店であるから、道路に面した場所でなければその機能を完全に失うことは明らかで、旧建物の床店に対応する新建物一階の場所では、もはやその目的は達成できない。さらに、被告と国鉄との関係を考えると、被告が新建物を建築、所有するに至つたことおよびこれに対する原告の賃借ならびにその使用を拒んだこともあながち批難できない事情があるとみられ、他方、原告の経営規模からすると、原告が一坪弱の新建物の一部で果実の販売ができなくなつたからといつたからといつて、これによりその営業に重大もしくは著しい支障をきたすものとは認め難い。

以上要するに、本件の事実関係のもとにおいては、本件建物部分と旧建物の床店との間に同一性があるものと解することはできない。

そうだとすると、進三の原告に対する賃貸借契約上の義務は、新建物の完成した時点で履行不能によつて消滅したというべきである。したがつて、右賃貸借契約の義務があることを前提とする本訴請求は、被告の抗弁を判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

四よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(大澤巌)

物件目録〈省略〉

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